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help RSS 鑑別書はもう使わない、という見解

  作成日時 : 2005/03/21 12:22   >>

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昨年、長野の白骨温泉で、あの特有の白濁した温泉水が、じつはここ数年は草津温泉で作られている入浴剤を使用して「作っていた」ものであったことがわかり、大きな社会問題となった。宿泊客のキャンセルも相継ぎ、温泉の存続問題にまで発展している。ナチュラルであるべき温泉に、人工の手が加えられていたことに温泉客が反撥しているせいだが、今後の成り行きによっては白骨温泉の閉鎖もありうるという。

三菱自動車、三菱ふそうのリコール隠しも問題となった。企業の存続が危ぶまれる状況にまで発展し、実際いまも、その可能性がまったくないとはいえない。開示すべき情報を、故意に隠蔽したことがその理由だ。

これらのニュースを聞いていて、昨今わが業界で問題になっている「宝石の鑑別表記」の問題に思いが及んだ業界人も多かったのではないだろうか。ある人は「宝石にどのような人的処理が施されているかの情報開示がますます不可欠だ」と考えたかも知れない。またある人はもう一歩踏み込んで「しかし、情報開示をしていった場合、それがナチュラルでないことを知って、消費者はその宝石の価値を本当に評価してくれるのだろうか」と、将来への暗澹たる想いに駆られた人もいたかも知れない。
確かに、それほどこの問題は業界の今後の浮沈を決定する重要なテーマを含んでいる。白骨温泉に託して言えば、「温泉水はナチュラルではなく、こういう人的処理を加えたものです」と本当に情報開示し、説明すべきなのか、「実際問題として情報開示をし、説明していったとき、その温泉は温泉として消費者から支持されるのか」という問題である。

社会の大きな流れは「情報開示」と「説明責任」に向かっている。すべての産業分野で、消費者保護の視点から、その商品の組成が表示され、産地や流通経路まで細かく説明されるべきだというコンセンサスが出来上がりつつある。この大きな流れに抗らうことは出来ないだろう。
宝石業界でも「パパラチア」問題をきっかけに鑑別とその表記のあり方が大きな問題となり、先般AGLからその表記およびコメントの試案が提出され、JJAとの協議を経て、その概要も明らかとなっている。しかし、である。

今回明らかとなった鑑別表記について、これを見た業界人、とくに消費者と直接接する宝飾店オーナーはこれをどう感じたのだろう。これからどう対応していこうと考えているのだろうか。

わたしが宝飾店主から聞いている範囲で一番多いのは「取り扱う量が多いコランダムやベリル系の宝石はほとんどが処理石であり、それらについてこんなコメントが付された鑑別書は使えない」という意見だ。彼らの意見をまとめると大体次のようになる。
1、取引先からの仕入段階では、使用されている宝石の処理内容について、これまで以上に厳密な情報開示を求めていく。
2、自分のなかで処理内容に関する基準値を設定し、自店取扱商品のグレードについて明確化していく。
3、しかし、その内容について、いちいちこちらから顧客に説明することはしない。要求されれば対応するが、こちらからこういう表記内容を伝えていけば、結果、商売としては成立しなくなるだろう。それは出来ない。
4、これまでは鑑別書や鑑定書を使ってきたが、これからは自店の保証書に切り替えていきたい。

 「情報開示」にはさまざまなレベルがある。それが肉や野菜であれば、産地や流通経路を消費者に直接知らせることで、消費者はある程度その商品を自分で判断して購入決定の目安にすることが出来る。あとは「自己責任」である。
 しかし、宝石はそうはいかない。とくに今回明らかになった表示コメントをみると、これは消費者には理解しにくいものであり、不信感を煽ることはあっても、信頼性を裏付けるものにはなりえないと思えるものだ。例えばこうである。
エメラルドの表示コメント:
1、一般に透明度の改善を目的としたオイルまたは樹脂等の含浸が行われています
2、透明度の改善を目的としたオイルの含浸が行われています
3、透明度の改善を目的とした樹脂の含浸が行われています
4、キャピティの隠蔽を目的とした充填が行われています
5、コーティングによる着色が行われています
6、色の改善を目的とした有色材の含浸が行われています

仮にあるお客があるエメラルド製品を気に入って、そしてほとんど買う気になっていたとしても、最後にこういう表示が記載された鑑別書を見せられたら、とたんに興醒めしてしまうのではないか。「やっぱり止すわ」と言われるのがオチなのではないか。これでは使えない、と考えるのは私だけだろうか。

しかし、こういう意見がある。「その宝石の処理内容について何も伝えず買っていただいて、後でそのお客がその品物の処理内容を知ったとき、訴えられたときに失う信用ははかりしれない。そのリスクを考えたら、最初から情報開示すべきだし、それで買っていただけなければ仕方ないと諦めるべきだろう」。

そうだろうか。いかにも正しい見解にみえるが、果たしてこれで商売は成立するのだろうか。万が一悪意のある消費者が現れて、「何も処理内容を伝えてもらえなかった」と訴えられたら、現品を買い戻させていただくということで、問題はクリアされるのではないだろうか。そうするのが、もっとも妥当なのではないだろうか。
 
お店はお客にこう伝えるべきである。いや、こう伝えなければ、商売できないのではないか。
 「このエメラルドは素晴らしい色合いで、なかなか手に入らないものです。多少の処理をしていると思われますが、それはだいたいどの宝石にもしている程度のものです。当店の基準を満たしている品物ですから、自信をもってお薦めします。当店の保証書もお付けいたします」。

重要なのは「その店の基準値」である。それをどこに置くかは店によって違ってくるが、これ以上の処理をしているものは扱わないという、その店の基準値を明確にすることだ。オーナーが責任をもって売ることが出来る処理範囲を明確化することが前提となるが、そこがしっかりすればそれ以上の説明責任は必要ないのではないか。
その店の基準値についてはその店のなかでの決め事であり、お客に知らせることではない。お客には自店の保証書を発行する。こうするのがもっとも妥当であろう。したがって、鑑別書はもういらなくなるのである。

もともと鑑別会社=鑑別書は業界の商売のサポートを受け持つものであり、共存共栄のパートナーであった。しかし、ここに来て、残念ながら両者の関係は捩れた関係になりつつある。いや、悪く言うと、いまや鑑別会社=鑑別書は自分たちの商売の足を引っ張りかねないという、おかしな関係になってきている。

こうなってしまった責任の一端は、しかし鑑別会社側にもあるのではないだろうか。鑑別会社自身が、どういう宝石に価値があり、それはどういう物差しで判定されなければならないかということについて明確な視点を持たず、すべての鑑別会社とは言わないが、数字を追いかける業者との馴れ合いを続けてきた結果ではないのか。宝石の中身は別にして、ひたすら鑑別書や鑑定書を発行することで売上を稼ぎ、宝石の品質についての見識をおろそかにしてきた結果であろう。

業者にはさまざまな人種がいる。考えもマチマチだし、倫理観の欠如した人間もいる。そうした倫理観の欠如した業者と結びついて商売してきたのはどこなのか。いい加減な鑑別書を発行し、粗悪な商品をバラまく手助けをしてきたのは誰だったのか。そのことが今回の混乱を招いた最大の原因ではなかったのか。

見識のある宝石店ほど、これからは鑑別書を使わなくなるだろう。欧米の宝石店のほとんどがそうであるように、あくまで業者間取引の基本データとしてだけ使用し、顧客に見せたり、渡したりするものではなくなるだろう。しかし、通販業者や、ディスカウンターのような、定見のない販売業者は使い続けるかもしれない。業界と鑑別会社はそういう関係の段階に入ってしまったように思える。
 
情報は開示され、説明されるべきである。宝石業界にあっては、業者間の取引のなかではこれまで以上にそれらが明示されなければならない。しかし、対消費者にあっては、店の責任のなかで開示され、説明されるべきということであり、宝石の美しさの説明の足を引っ張る今回のような処理内容の説明ではないのではないか。宝石業界における情報開示と説明責任は、そういうスタンスで臨むべきだと考える。

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